『イグノーベルな思考の流儀』 栗原一貴 ( Paberish )

2012年12月30日日曜日

"Micro Amazon" と表現して良いのか分かりませんが、そういうサービスがいくつかあり、今後も生まれるのではないかと思います。以前「パブー」について言及したことがありますが、最近リリースされたサービスで "Paberish" (ペイバリッシュ)を取り上げたいとおもいます。"Micro Amazon" というような呼ばれ方をサービスを運営する側としては潔しとしないかもしれませんが、当面「Kindle でも読める」「Amazon とは違う独自のサービス」という二者択一からは逃れられないような気がしています。

"Paberish" は iPhone で読むことを前提に作られたサービスです。特徴は以下の2点かとおもっています。

  • 横書きの文章を縦に巻紙のようにスクロールして読む(改ページはない)
  • "Paberish" の中で書いたものを販売できる。見た限り廉価。

 廉価、というのは、例えば今回取り上げる栗原一貴さんが書かれた『イグノーベルな思考の流儀』は3巻に分けて書かれているが、1巻は最低の設定価格である85円。Apple に申請するに当って「1ドル」という最低値があるのではないかと推測します。



 感覚的にはブログとどこが変わるのだろうか……という印象です。違いがどこにあるかというと "publish" するにあたっての手順を見ると分かります。

 "Paberish" のサイトに Facebook のアカウントでログインすると「スクロールブック」をすぐ書き始められるようなインターフェースになっています。


"Paberish" の中での本はその形態からか「スクロールブック」と呼ばれています。ただ、タイトルを決めて概要を書き、値段とカテゴリーを決定すると「近日公開コーナー」に並びますがまだ公開されない。

「近日公開コーナー」において「読みたい!」というボタンを10人(アカウント)からクリックされると初めて "Publish" できるようになる……ということになっています。

 つまり、出版するのに一定の閾値が設けてあるということになります。組織的にやれば簡単に突破できる閾値なのでしょうが、少なくともある程度の質が保てるのではないかと思えます。

 どうやったら書けるのか、ということの方が面白いように思えますが、まずは "Paberish" で読む体験の方について取り上げます。


 iPhone で Paberish を立ち上げると本棚を模したインターフェースが表示されます。右上の "STORE" ボタンをタップして出版されている本を参照します。


 Paberish では「あなたが持っている知識やテクニック、秘密を執筆し、出版することができる」と謳っています。今後利用が広がったとして様々な執筆パターンが出て来るかもしれませんが、今みているとその謳い文句に違わぬようにある程度人に語るだけの経験を持っている著者が多いように見えます。このサービスを使ってのし上がるような著者が出てくることがあれば、それは傾向を変えるような事態を引き起こすのかもしれません。


 イグノーベル賞の日本人受賞ニュースはたいがい楽しく読ませてもらうもので、"Speech Jammer" で受賞を勝ち取った栗原さんが書いたスクロールブックを最初に選びました。


 スクロールブックはプレビューで試し読みすることもできます。「\85」のボタンをクリックすれば Apple ID で購入行為をすることができ、全文が読めるようになります。



 最後に「購入する」ボタンをタップすれば空だった本棚にスクロールブックが並びます。


 イグノーベル賞を狙う、という目的が最初からあって狙い通りに受賞したというのもすごいなと思いながら読み進めました。ただ、私の場合例えば研究を進めるにあたっての哲学そのものよりも、哲学を生み出す素地のひとつとなったであろう、栗原さんのご実家の町工場、祖父君や父君の逸話が印象に残りました。多くの町工場を擁する大田区で暮らしていることがあるのかもしれません。あるいは誰かの思考のエッセンスそのものよりも、思考を生み出す過程に興味を持つという、私の傾向によるものでしょうか。

 あとは島本和彦さんへの敬愛とか、合気道の稽古との比較しての論述とか、親近感が沸く箇所がそこかしこにありました。


Paberish が提示する課題


 Paberish で本を読んでみて感じる課題について書いておきたいとおもいます。

 ひとつはブログとの違いについての箇所でも言及しましたが、出版物の質に関する閾値についてです。

 私は「本を出版する」という行為は紙でつくられた本は勿論、e-book であってもチームで対応するものであろうとおもいます。執筆以外に編集、校閲、校正、更には広報といった様々な作業があり、それを分担するということで良い作品が出版できます。リアルの本であってもほぼ全ての作業をこなすような才能も稀に居られますし、自費出版であればほぼひとりですべてをこなすというのが実情であったかと思いますが、技術が進化してきて作家としてプロフェッショナルではなくても e-book を作成することについての敷居がぐっと低くなりました。とはいっても書くこと以外のことについて才能や経験に恵まれている人ばかりではありません。私もごく小さな e-book の出版をした際にも書くこと以外の作業の負担は感じました。

  10人からの「読みたい!」というアクションを集めて初めて出版に進めるという機能は、広告のある部分がサービスに組み込まれていると言えるかと思います。しかし、編集や校閲、校正は?

「読みたい!」ボタンを押したメンバーでチームを組めて、執筆作業以外について分担する……というような事例が今後出てくるとどうだろうかと思います。

 もうひとつの課題は販売について、です。

「販売」という用語自体が正しいのか、と私は思っています。先週のエントリーにおいても書きましたが、いわゆるクラウド・サービスにおいて「e-book にお金を出す」という行為は「購入」というよりも賛意や敬意の現れとして行われるのが相応しいのではないか、という意見でいます。 栗原さんの著述の1巻に85円というお金を出したのは安かったからですが、2巻と3巻も同じ値段を払ってダウンロードする権利を得たのは賛意の現れだろうと自分では思っています。

 Twitter の Favorite にしろ、Facebook の Like にしろ、はてなスターにせよ、微額ならお支払いしたいという気持ちが湧いている時があります。この「投げ銭」的なサービスの可能性についてはそれこそ10年前から検討されているかと思います。結果として Paypal や Gumroad というサービスが生まれてきたし、日本発のサービスである Grow! もそうでしょう。

 ポイントは「敬意」をコトバやキモチだけに留めずに形にできるかということです。Paberish もその方向に進化し、書き手をサポート出来るサービスになってほしいとおもいます。