講義の復習の際に ebook を使う - 原尻淳一さんのお話しのアウトプットとして

2017年2月9日木曜日

 去る1月13日に原尻淳一さんのお話しをうかがう機会がありました。以前『失敗と研究』をテキストに使ったワークショップで話題にしたことがある研究会です。とても示唆に富むお話しで、何かアウトプットとして書いておきたくなる内容でした。かくしてこのエントリーを書いています。

 原尻さんは複数の著書も出されていて、当日までに honto で『アイデアを形にして伝える技術』を ebook で買って iMac や iPhone で読んでいて、その後『IDEA HACKS!』などをアマゾンの Kindle Store で買って iPhone の Kindle アプリで読んでいます。講義内容と著作の内容はあくまでも違うコンテンツなのですが、なにか思い出すところがあるかなとおもいつつ読んでいます。なお当日原尻さんは「是非アマゾンで買ってください」と笑いながらおっしゃっていたので2冊目以降は Kindle Store で買っているのですが、アマゾンのランキングに入るというのはやはりインパクトがあるのだな……と思いました。まぁアマゾンでいう「Kindleストア」ではなく「本」でランクインするのがよりインパクトがあるのかもしれず Kindle Store で買うのは期待はずれなのかもしれませんが。


他業種にもあてはまる「既存のファン」と「新しいファンの開拓」の考え方

当日の講義で特に私の注意を惹いたのがミュージシャンのプロモーションのお話しで、分りやすく図示したスライドがあったのをきちんと覚えられていないのですがごく粗く表現すると「既存のファン」と「新しいファンの開拓」があるという指摘でした。「既存のファン」をベースにしたうえで新しいファンをそれにプラスオンしていく、という説明です。『アイデアを形にして伝える技術』の冒頭に

アーティストのマーケティングの究極の目標は、多くのファンを育成し、セリング(売り込み)を不要にすることです。熱心なファンが10万人いれば、何もしなくてもオリコンチャート1位は確約されたようなもの。

 という一文があって、この話しは当日の講義にも出てきました。私がここに引っかかったのは当たり前のことを言っているようで実は音楽業界に限らない汎用的な指摘がされていると感じたからでした。

 私は10年ちょっと前まで SIer の地方支社で開発も運用も担当するシステム・エンジニアであったのですが新規にせよ改修にせよ開発プロジェクトの完遂は評価されるが定常運用については特に評価対象にならない、という価値観のなかで仕事をしていました。そしてその価値観にはかなりの違和感を感じていました。もちろん新規案件を取って大きな売上増を得ようとするのは営利企業としては当然のことで私もそのことについては特に異議はないのです。ただ定常運用が全く評価されないというそのバランスの悪い。実際は毎月費用をお客様からは頂戴するわけでそれも売上で利益が出ていることに違いはありません。

 それがある日、定常運用を選任で行う機能集約部署を東京につくるということで私も立ち上げメンバーに選ばれるのですが、勤務先の SIer は「開発と運用を同じ担当者が対応するのはうまくいかないようだ」ぐらいのことしか考えておらず「既存顧客と新規顧客それぞれのマーケティング」にまでは思いが至っていなかったのではなかったのではないかな、というのが私の推測です。あるいは今もそうなのかもしれません。そもそも私も定常運用の扱いになんとなく疑問は持ちながらも「既存顧客と新規顧客それぞれのマーケティング」まで整理して問題意識を持っていたわけではありませんでした。ただ手探りで様々な施策 ── サービスレベル合意書の標準化をやってみたり、開発プロジェクトが終わったあとは不定期なコミュニケーションしかお客様ととっていなかったところ定例報告をルール化してみたり、していきました。

 施策の結果充分な成果を得られたのかというとまだまだで、お客様に「これだけやってくれているのだから月額費用も納得だ」「定常運用サービスが良いからおたくに発注しよう」とまでは言っていただけていないだろうと反省するのですがそれでも土台ぐらいはつくれたのではないかという程度の自負はあります。ならば既存顧客へのもの、新規顧客へのもの、それぞれを考慮したサービスラインナップを提示することで顧客にアピール出来得るのか、確かめてみたい気がします。

小規模出版のプロモーションにあてはめてみたら

もうひとつ。
 
 先に引用した「熱心なファンが10万人いれば」は本においても近いことがいえそうです。

 書籍の売上実績は1990年代を頂点としてじりじりと下降していています※。とはいえ売れている本はあり、昨年2016年に売れた本はオリコンのサイトを参照すると下記のような本が挙がっています。


著者が既に著名/人気シリーズ

石原慎太郎『天才』、J. K. Rawling 『ハリポッターと呪いの子

文学賞など受賞

宮下奈都『羊と鋼の森』(2016年本屋大賞1位)、住野よる『君の膵臓をたべたい』(2016年本屋大賞2位)、村田沙耶香『コンビニ人間』(第155回芥川賞)

口コミなどで話題

Carl-Johan Forssén Ehrlin『おやすみ、ロジャー 魔法のぐっすり絵本』、岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』、Eiko『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法

2016年 年間本ランキング、『小説 君の名は。』ミリオン突破!話題の『天才』『ハリー・ポッター』最新刊もBOOK総合上位を席巻 ORICON NEWS より


 これらはほとんどレガシーな出版の仕組みから生まれた書籍だと言えます。例外は最初「小説家になろう」に投稿されそこから見出された住野よるさんの作品ぐらいでしょう。

 現在は ebook という形式においては自己出版の仕組みが整ってきていてレガシーな出版の仕組みを必ずしも通らずとも自分の作品を世に問うことはできるようになっています。このブログで取り上げる本も自己出版の作品の方が多いのですが、住野さんと比べられるぐらいの成功を収めている例を紹介する機会はなかなかありません。本でも特に自己出版 のプロモーションにあてはめて考えたらどうなるでしょうか。

 著名度は無いわけですから文学賞をとるか、ソーシャル・ネットワーク・サービスなどで話題になるかのいずれかに道がありそうで、『君の膵臓をたべたい』の場合は応募しようとしていた賞の文字数規定を超えたため「小説家になろう」に投稿したのが評価されるに至ったという経緯だと聞いていて後者に該当する例になります。

「既存顧客と新規顧客」の観点でみてみると既存顧客はとても少なく、ブランディングを行って新規顧客としての読者を獲得し、次回作を待つ既存顧客にするにはための戦略が必要な作家さんの話しをしていることになるのですが住野さんの場合は「小説家になろう」において恋愛小説というカテゴリーで注目を集め出版社から本を刊行、一定の固定ファン層を得ることもできたということになります。これは住野さんの力量の為せる結果ではありますが「恋愛小説」というぐらい大きいカテゴリーで同じようなことができるかというとハードルが高い。

 ならばもうすこし狭い、というか分類の小さいカテゴリーを探せばどうでしょうか。自分が書きたいテーマ、得意な分野で一定の読者のクラスタがおられるようなカテゴリーがあればそこに訴求できれば読んでもらえる可能性が増えるのではないか。その読者クラスタが「既存顧客」となって次の作品を待ってくれるようになるならば継続性が生まれます。作家はそのカテゴリーに縛られるとも言えますがその分野について知識を深めれば武器に出来ると考えると前向きに考えたらどうか。

 このカテゴリーというのはハッシュタグと言い換えることも出来ます。Twitter で使い始められたものですが他のソーシャルネットワークやミニブログでも使われるようになった、あたまに「#」をつけたあれです。サービス内外でリンクとして認識され、リンク先にグループが形成されて見えます。自分はどんなハッシュタグがつく作品を書けるのか。その先にいるグループは作品を楽しんで読んでくれるのか。

 たとえば #恋愛小説 というハッシュタグは instagram にも Twitter にもあり、また #romancenovel というタグでも Twitterにはプロモーションっぽいポストが流れてくるのが見え、ここで目立つのは大変だということがわかります。しかし恋愛小説にもいろいろあり、ハインラインの『夏への扉』に負けない小説の構想があったとしたらそれを読みたい人たちに届けるにはどうしたら良いのか考えることで道が拓けるかもしれません。 #romancesf なり #恋愛小説 と #SF の組み合わせなりというところを検索すると少しだけ引っかかりますがこれが「潜在的な需要がある」なのか「既存だけれどそれほど需要はない」なのかは分からない。でも10万人とはいわない、それまで見えていなかった1万人の需要が実はあるのであるならば自己出版としては十分に可能性があります。instagram や Twitter のフォロワー数のイメージでしょうか。そんなプロモーション成功例の色々なバリエーションを見てみたいものです。


※「出版不況は終わった? 最新データを見てわかること - CNET Japan」林智彦さんの記事参照




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