インスタグラムでフォローしているアカウントはそれほど多くなく、ツィッターやフェースブックでつながりのある方と、インスタグラム内で自分の写真などに興味を持って下さる方と、自分が興味をもったフォトグラファーのアカウントが含まれる程度なのですがそのなかに instagramenzo というアカウントがあります。えんぞうさんという方ですが一時期取り壊される前の阿佐ヶ谷住宅の写真を継続的にアップされていて、そのことがきっかけで阿佐ヶ谷住宅について知ることとなっていました。
ただ「阿佐ヶ谷住宅という、近隣に愛着をもって語られてきたいい感じの住宅があるらしい」……という程度の認識でした。同じ東京でも中央線沿線にはあまり馴染みがなく、もともと西日本に出自がある地方出身者からすると遠いところのお話しのようにおもっていたのです。
ところが「電子雑誌トルタル」でお近づきになった……というか既に飲み仲間と化している気がしないでもない……小嶋智さんがされている「アサガヤデンショ」から出版された『阿佐ヶ谷住宅物語』に出会うこととなりました。阿佐ヶ谷住宅に長く住まわれてきた櫛山英信さんにより書かれたものです。
割りと軽い気持ちで読み始めたのですが圧倒されるほどの量。というのも「阿佐ヶ谷住宅についての物語り」であるだけでなく著書の櫛山さんの半生記であり、更には家族史でにもなっているからです。ご自身は前書きで「戦後史として書きたかった」と書かれているので家族史や自伝が包含されているのは当然といえます。これだけの量だと読むのも大変で実際自分も読んでは休み、休んでは読みしていたのですが最後まで読ませるところは、櫛山さんが雑誌の編集の仕事の経験がおありであるからかもしれません。
そもそも阿佐ヶ谷住宅とはどういう場所なのでしょうか。
この「得体の知れない緑地のようなもの」を住宅として都内に成立させた、昭和30年代に……というひとつの奇跡のような公的な「まち」が阿佐ヶ谷住宅だということになるのでしょうか。前川國男さんはその足跡について櫛山さんも文中簡単に触れておられますが第二次世界大戦後の日本においてモダニズム建築の導入発展に尽くした建築家で、彼が直接阿佐ヶ谷住宅の設計に関わったというよりは彼の後進たちによってなされたということになるかとおもいます。津端修一さんも後進のひとりと考えて良い建築家です。「モダニズム建築って何?」ということになるとおそらく前川さんの師であるフランスの建築家ル・コルビュジエの思想、例えばアテネ憲章などに行き着くのでしょう。
これなどまさに阿佐ヶ谷住宅の設計コンセプトに強く影響を与えているような気がします。
櫛山さんは子供の頃から阿佐ヶ谷住宅に住み住み続けられるわけですが、ご自身より奥様が阿佐ヶ谷住宅の環境を気に入ってしまい、他に移っても結局戻ってきてしまわれます。櫛山さんは必ずしも阿佐ヶ谷住宅の良さについてピンときていないようなことを正直に書かれているのですが、建て直しがほぼ決まったところで阿佐ヶ谷住宅に移ってこられたご夫婦に阿佐ヶ谷住宅の良さを力説されて逆にその良さに気づかれている様子が描かれています。「あまりに身近な存在だとその良さに気がつけない」という好例のようです。「阿佐ヶ谷住宅は残すべきだった」というような、その良さを述べたような本なのだろうかと当初は思いながら読み始めたのですが違いました。むしろずっと住んでいたからこその不便さ、狭さ、老朽化などについて率直に書かれています。
この本の後半は建て替えに至るまでの長い経緯が書かれてあります。櫛山さんが前書きで「書くのが大変なので他の著書からの借用にしてオリジナルにまとめるのを何度も放棄しようとした」という内容だったのだそうなのですが最後まで櫛山さんの視点で書き通されています。「等価交換契約がこじれてしまった、マンション円滑化法を適用して進めていればこんなにこじれることはなかった」と繰り返し書かれていてそこに櫛山さんとしての無念が滲んでいます。当事者の視点でこれだけしっかり書かれた「資料」としても貴重なものに、結果的になっているかと思います。
これは建て替えの経緯もそうですし、櫛山さんの視点から見ての戦後史、個人史としてもそうなのですがこのような記録がまとめられてアーカイブされている、ということは ebook の可能性として重要です。既に ebook に求められる役割のひとつになってきているのではないかという気がします。必ずしも櫛山さんのように書き上げられる方ばかりではないですが、このような個人史や随筆といったものが生みだすための敷居は Kindle Direct Publishing (KDP) や kobo ライティングライフ (KWL) などの自己出版できるサービスにより確実に低くなっています。聞き書きのような取り組みは、今まで表に出ずに消えてしまっていたような口碑や知恵を残すことに同じように役割を果たせる可能性をさらにひろげているといえるでしょう。逆を言えばいままで出版への敷居が高かったことが理由で表に出なかったこのような良書もあるのではないでしょうか。
『阿佐ヶ谷住宅物語』はかなりのボリュームである、ということを書きましたがこれは Kindle Store で購入したものを iPhone5 と iOS の Kindle とで交互で読むことで読み進められました。こういった読み進めやすさもプラスですし、検索でもって題名や分類だけではたどり着けないような本に巡り会えるということも ebook ではありえて、このような複数のテーマをもって書かれた本はそのような幸福な場面を生みだす余地が多そうです。
阿佐ヶ谷住宅の良さについて、櫛山さんは文中で「阿佐ヶ谷住宅の環境に”コク”が出てきた。十数年経って樹木が育ち、建物との絶妙なバランスが生まれていた」と書いておられます。阿佐ヶ谷住宅に人を惹きつける緑の多さをうまく表現されている部分ですが、この良さを一番良く写し出した画像というのは冒頭で書いたインスタグラムの写真たちよりも、この『阿佐ヶ谷住宅物語』の巻末の写真でした。都会でありながらこの小道の奥に自宅があったら。東京は「住みやすい都市」として世界の上位にランクされた、などという調査結果が記事になるのを読むことがありますが、このような光景が存在し得るということろにも理由があるなら誇って良いのだろうと思います。
阿佐ヶ谷住宅物語
ただ「阿佐ヶ谷住宅という、近隣に愛着をもって語られてきたいい感じの住宅があるらしい」……という程度の認識でした。同じ東京でも中央線沿線にはあまり馴染みがなく、もともと西日本に出自がある地方出身者からすると遠いところのお話しのようにおもっていたのです。
ところが「電子雑誌トルタル」でお近づきになった……というか既に飲み仲間と化している気がしないでもない……小嶋智さんがされている「アサガヤデンショ」から出版された『阿佐ヶ谷住宅物語』に出会うこととなりました。阿佐ヶ谷住宅に長く住まわれてきた櫛山英信さんにより書かれたものです。
割りと軽い気持ちで読み始めたのですが圧倒されるほどの量。というのも「阿佐ヶ谷住宅についての物語り」であるだけでなく著書の櫛山さんの半生記であり、更には家族史でにもなっているからです。ご自身は前書きで「戦後史として書きたかった」と書かれているので家族史や自伝が包含されているのは当然といえます。これだけの量だと読むのも大変で実際自分も読んでは休み、休んでは読みしていたのですが最後まで読ませるところは、櫛山さんが雑誌の編集の仕事の経験がおありであるからかもしれません。
そもそも阿佐ヶ谷住宅とはどういう場所なのでしょうか。
阿佐ヶ谷住宅(あさがやじゅうたく)は、東京都杉並区成田東に所在した全戸数350世帯の分譲型集合住宅地。日本住宅公団により造成された。
1958年(昭和33年)竣工。地上3-4階建て鉄筋コンクリート造の118戸と、地上2階建て補強コンクリートブロック造のテラスハウスタイプ232戸(陸屋根タイプと傾斜屋根タイプの2種がある)で構成される。
設計は、発足三年目の「日本住宅公団設計課」が行った中層集合住宅部分と、「前川國男建築設計事務所」が担当した低層傾斜屋根型テラスハウスの174戸とが共存する形式を採用した。
豊富な緑地を確保した配置計画は「個人のものでもない、かといってパブリックな場所でもない、得体の知れない緑地のようなもの(=コモン)を、市民たちがどのようなかたちで団地の中に共有することになるのか」(津端修一)をテーマに公団の設計課が整備した。
「南阿佐ヶ谷駅」から徒歩5分、東京都立善福寺川緑地公園と東京都立杉並高等学校に隣接する立地に所在した。都内有数の緑地帯を形成する善福寺川緑地のグリーンベルトと集合住宅が連続した住環境を構成した。
阿佐ヶ谷住宅 - Wikipedia より
この「得体の知れない緑地のようなもの」を住宅として都内に成立させた、昭和30年代に……というひとつの奇跡のような公的な「まち」が阿佐ヶ谷住宅だということになるのでしょうか。前川國男さんはその足跡について櫛山さんも文中簡単に触れておられますが第二次世界大戦後の日本においてモダニズム建築の導入発展に尽くした建築家で、彼が直接阿佐ヶ谷住宅の設計に関わったというよりは彼の後進たちによってなされたということになるかとおもいます。津端修一さんも後進のひとりと考えて良い建築家です。「モダニズム建築って何?」ということになるとおそらく前川さんの師であるフランスの建築家ル・コルビュジエの思想、例えばアテネ憲章などに行き着くのでしょう。
都市の機能は住居・労働・余暇・交通にあり、都市は「太陽・緑・空間」をもつべきである、としている
アテネ憲章 - Wikipedia より
これなどまさに阿佐ヶ谷住宅の設計コンセプトに強く影響を与えているような気がします。
櫛山さんは子供の頃から阿佐ヶ谷住宅に住み住み続けられるわけですが、ご自身より奥様が阿佐ヶ谷住宅の環境を気に入ってしまい、他に移っても結局戻ってきてしまわれます。櫛山さんは必ずしも阿佐ヶ谷住宅の良さについてピンときていないようなことを正直に書かれているのですが、建て直しがほぼ決まったところで阿佐ヶ谷住宅に移ってこられたご夫婦に阿佐ヶ谷住宅の良さを力説されて逆にその良さに気づかれている様子が描かれています。「あまりに身近な存在だとその良さに気がつけない」という好例のようです。「阿佐ヶ谷住宅は残すべきだった」というような、その良さを述べたような本なのだろうかと当初は思いながら読み始めたのですが違いました。むしろずっと住んでいたからこその不便さ、狭さ、老朽化などについて率直に書かれています。
この本の後半は建て替えに至るまでの長い経緯が書かれてあります。櫛山さんが前書きで「書くのが大変なので他の著書からの借用にしてオリジナルにまとめるのを何度も放棄しようとした」という内容だったのだそうなのですが最後まで櫛山さんの視点で書き通されています。「等価交換契約がこじれてしまった、マンション円滑化法を適用して進めていればこんなにこじれることはなかった」と繰り返し書かれていてそこに櫛山さんとしての無念が滲んでいます。当事者の視点でこれだけしっかり書かれた「資料」としても貴重なものに、結果的になっているかと思います。
これは建て替えの経緯もそうですし、櫛山さんの視点から見ての戦後史、個人史としてもそうなのですがこのような記録がまとめられてアーカイブされている、ということは ebook の可能性として重要です。既に ebook に求められる役割のひとつになってきているのではないかという気がします。必ずしも櫛山さんのように書き上げられる方ばかりではないですが、このような個人史や随筆といったものが生みだすための敷居は Kindle Direct Publishing (KDP) や kobo ライティングライフ (KWL) などの自己出版できるサービスにより確実に低くなっています。聞き書きのような取り組みは、今まで表に出ずに消えてしまっていたような口碑や知恵を残すことに同じように役割を果たせる可能性をさらにひろげているといえるでしょう。逆を言えばいままで出版への敷居が高かったことが理由で表に出なかったこのような良書もあるのではないでしょうか。
『阿佐ヶ谷住宅物語』はかなりのボリュームである、ということを書きましたがこれは Kindle Store で購入したものを iPhone5 と iOS の Kindle とで交互で読むことで読み進められました。こういった読み進めやすさもプラスですし、検索でもって題名や分類だけではたどり着けないような本に巡り会えるということも ebook ではありえて、このような複数のテーマをもって書かれた本はそのような幸福な場面を生みだす余地が多そうです。
阿佐ヶ谷住宅の良さについて、櫛山さんは文中で「阿佐ヶ谷住宅の環境に”コク”が出てきた。十数年経って樹木が育ち、建物との絶妙なバランスが生まれていた」と書いておられます。阿佐ヶ谷住宅に人を惹きつける緑の多さをうまく表現されている部分ですが、この良さを一番良く写し出した画像というのは冒頭で書いたインスタグラムの写真たちよりも、この『阿佐ヶ谷住宅物語』の巻末の写真でした。都会でありながらこの小道の奥に自宅があったら。東京は「住みやすい都市」として世界の上位にランクされた、などという調査結果が記事になるのを読むことがありますが、このような光景が存在し得るということろにも理由があるなら誇って良いのだろうと思います。
阿佐ヶ谷住宅物語
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