『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(NPO法人日本独立作家同盟 第三回セミナー 大原ケイ講演録)

2015年10月17日土曜日

『月刊群雛』を刊行しているNPO法人日本独立作家同盟は今年に入って定期的にセミナーを開催していて第一回の講演者が藤井太洋さん、第二回が古田靖さん、第三回が大原ケイさんと「いいからお前聴きに行っとけ」という内容です。なんだかんだと予定が合わず一度も聴講していないのが申し訳ないのですが、ありがたいことに各回の講演録はまとめられて出版されています。日本で利用できるブックストアはほぼ網羅したようなかたちで ebook で読めるようになっています。これを楽天koboストア ないし Kindle Store で購入して iPhone5 で、あるいは家の iMac で、時々は iPad で読んでいます。

 この中で大原ケイさんの講演の内容は、ちょうど出版されたところである村上春樹さんの『職業としての小説家』の内容とも対応していて理解しやすいものでありました。

これを読んで私は自分が関わっている ITIL というものと対応するところを感じたのでそちらに興味を持ちました。ITIL というのはウィキペディアに頼るとこんな定義がされているものです。

Information Technology Infrastructure Library(ITIL)とは、ITサービスマネジメントにおけるベストプラクティス(成功事例)をまとめた書籍群。1989年にイギリス政府のCCTAによって公表された。ITILの読み方は「アイティル」、「アイティーアイエル」などがある。ITサービス運用の分野においてデファクトスタンダードとなりつつあり、重要な位置付けとなっている。 
Information Technology Infrastructure Library - Wikipedia より

 つまり「ITサービスはこういうふうにつくって運用すればうまくいきますよ」というものをまとめたものです。日本ではこれを単に「システム運用に関するルールみたいなものだ」と狭く解釈されていることが多いようで充分に活用されていないところがあるのですが内容がどんどん改善されてきていてシステムを作ってリリース、運用、改善してまた構築に……というライフサイクル全体で捉えると良いことがあるよ、となっています。

 この ITIL においては必要なプロセスが説明されていて、かつ出来ればそのプロセスは分担が成り立っているのが良いとしている、というのが私の理解です。例えば規模の小さいシステムであれば設計からコーディング、テスト、リリース、運用まで同じ担当者がやっているというようなことがあり得るのですが、システムの規模が大きくなってくれば担当者の負荷は増大し時に担当者を「壊して」しまったります。また仕様が担当者の頭の中にだけあり資料化しての共有がされないようになってしまい、担当者がいなくなったら何もわからなくなるというようなことも得てして起きます。ITIL は次のプロセスに「引き渡す」という考え方をすることで分業が提案されていると言えます。

 大原さんの講演にはこんな下りがあります。

 ── 徹底した分業化で、すべての工程にプロがいる
 約20人規模の日本の出版社を例に挙げると、およそ半分の8〜9人が編集者で、残りは営業だったり経理だったりするところが多いでしょう。欧米だとこの規模では、編集者は2〜3人なんです。日本の編集者は、原稿に赤を入れるところから、表紙のデザイン、著者さんの面倒、宣伝プランづくりまでしていますが、欧米ではこういうことはありません。例えば広告費を出すマーケティングと、マスコミに取り上げてもらうパブリシティは絶対的に分かれていて、それぞれのプロが引き受けます。
『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(NPO法人日本独立作家同盟 第三回セミナー 大原ケイ講演録) より

 日本の多くの企業のシステム部門において  ITIL 的なアプローチを言うと「そんなに担当者を多くかかえて手順通りにやったらコストも時間もかかる」という経営側からの反応であったり「現在の担当でこれだけの実績をあげている」という現場からの反論であったりが返ってきそうな予感がします。同様に日本の出版社においては「そんなに専門家ばかり抱えたらコストが(以下同文)」「現在の編集者は(以下略)」という反応が返ってくるのでしょう。商習慣など変えがたい事情があるのでしょうけれどもどちらの仕事のやり方が稼いでいるのか……というところを直視すると手の届くところから変えていってはどうかという思いがします。その慣習に属するようなところ、アドバンスという先に作家に資金を渡すという欧米のやり方なども重要なポイントなのでしょうが。

 冒頭でも触れた村上春樹さんについても大原さんの解説があって村上さんが欧米の市場においても特別な作家になっていることが分かります。彼が最高のエージェントを得るあたりの話は先日村上さんの作品の英訳者のひとりであるジェイ・ルービンさんがインタビューで話していたあたりと同じ場面のことのようです。




 またインディー作家が欧米に出て行くとしたら? というような設定の話しも講演には含まれています。そんなことまでいきなり考えていないでしょうか。いや私も数年前に「自作を他言語に訳してくれる方っていないでしょうか」ということを別の場所で書いたことがありました。こと ebook での出版を考えると実現できないはなしではないのです。また「より汎用的な多くのひとに届く作品を書くにはどうしたらいいのか?」という設問に読み替えても参考になる内容でありそうです。

どうでもよいおまけ

今回凸版グループの BookLive! のブックストアで購入して読みました。実は今までの当シリーズの講演録を買うのに1冊ボイジャー社の BinB store でも買ってしまったりしています……各ブックストアへの配本が揃っていることで逆にへまをしてしまいました。

 なお BookLive でシリーズで出ている本の場合、本棚上は最初の1冊しか表示されないのですね。おそらく雑誌もこうなるのでしょうか。タップするとシリーズの各本が並ぶというインターフェース。

 最初の本棚のサムネイルは「最初に買った本」ではなく「本のシリーズ総称のサムネイル」の方が直感的に分かりやすいのですが、難しいでしょうか。